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ドイツ我楽多市
第1回 「テディベーア ~ ドイツのおもちゃ」 文:Prof. ツヴェルク
 
 若い頃ドイツのおもちゃ屋で、一才の女の子にはどんな土産がよいかと相談したところ、クマのぬいぐるみ人形を勧められた。まだ日本ではそんな大きなぬいぐるみは普及していなかった頃である。だが勧められた品はどうもアメリカ臭がするように思われて買う気がせず、代わりにカスパールと呼ばれる手操り人形を買って帰った。これは今でも子供たちが好んで見る人形劇でいつも道化師役を演ずる、まあ日本の狂言に出て来る太郎冠者のような役割の、三角帽をかぶった人形である。ところがこれが何とも不評で、今は二才の女の子の母親になった彼女は、当時、声色と一緒に操られると怖かった記憶があるという。鼻先が三日月のように尖ってツンと上を向いているのが魔法使いめいて不気味だったらしい。実はこの鼻はソーセージを表していて、ドイツの子供には滑稽に映るらしく人気があるのだが。それにしてもこれは失敗だった。しかもその後あるドイツ人と話しをしていたら、上記のクマのぬいぐるみ、つまりテデイベーアはドイツの人形だと言うので驚いた。筆者の土産の選択は全く裏目に出てしまったことになる。

 そこで追求する気を起こして調べたところでは、今世紀の始まりというから凡そ百年近く前、バイエルンの田舎で一人の小児麻痺で不具の女性が細々と作っていたクマのぬいぐるみが見本市に出され、それがアメリカの輸入業者の目に留まって、大量に輸出されるようになり、むしろアメリカで有名になって里帰りして来たのだとか。以来、第二次大戦中もその後も人気者であり続けて、このクマを成長後も手放さない若者が、ドイツにも沢山いるぐらいなじみ深い人形になったらしい。この女性がマルガレーテ・シュタイフで、現在テディベーアの主たる製造元であるシュタイフ社の名の起こりである。となるとアメリカの匂いを感じた筆者の勘もある程度当たっていたことになる。その上テディ(Teddy)とはテオドーアの愛称で、戦中、戦後派には名高いアメリカの大統領フランクリン・ルーズベルトの父テオドーアとクマとの関わりを描いた漫画があって、それにちなんで名付けられたのだというから、名前もアメリカ産だったというわけだ。ちなみにドイツ風の愛称ならテオとなろう。ただしベーアはクマを指すドイツ語(Bar)である。

 現在はぬいぐるみといえども様々にあって、中には空想の動物のまでがあって、しかも沢山輸出入されているから、どこの国の生産品なのか、その当時よりもはるかに見分けがつきにくい時代になっている。最近輸入物の積み木の注意書きを見たら、八ケ国語で書かれていた。語学好きを自認する筆者といえどもお手上げである。またおもちゃ一般にプラスチック製品が多くなっているのは、ドイツのおもちゃといえども変わらないが、それでもドイツのおもちゃ屋には、はっきりとドイツだなあと思わせる特徴がある。一つは木製品のコーナーが依然として店の一角を占めていること。もう一つは(これは筆者個人に最も羨ましく思われるのだが)、例えば三階の玩具屋ならそのうちの一つのフロアーが模型の電車類で埋まっていること。 この後の方はともかく、前の方は今ではむしろ郷土民芸品に入るものもあるけれども、昔から、つい数年前まで東ドイツに属していたエルツ山地の製品が有名である。統一ドイツの東部、チェコとの国境に位置する。十四世紀から錫(スズ)を産出していたグリューンハインヘンとザイフェンという森に囲まれた二つの村だが、鉱夫たちが生活の苦しさから、豊富な木材を使ってスプーンだとかフォークなどの生活必需品を作って売っていたのが、やがて玩具にも手を染めてゆくようになったらしい。この点、日本で 木こりたちが冬の仕事の出来なかった時などに手すさびに削ったのが始まりとされる、こけしの由来とは少々事情が違うかも知れない。元来が鉱夫の仕事だからこの土地の名産としてよく知られたクリスマス・ピラミッド(ろうそくの熱気でプロペラがまわり、その動力で羊飼いなどの人形が回り出すクリスマスの玩具)は、元々、錫の採鉱装置を真似て出来た仕掛けなのだそうである。

 ちなみに店名「くんぺる」の由来を筆者はまだうかがっていないが、ドイツ語 Kumpelは本来、鉱夫を意味して、この言葉で互いに呼び合ったことから、仲間の意味が生じた。そのクンペルたちの作った製品を売る店の意だと解釈出来ないこともない。もっとも現在ではドイツの誇るマイスター制度によって育てられた職人たちの手になるというのが本当の姿だが。それはともかく、この鉱夫たちはこつこつと仕上げた製品を初めは自ら売って回っていたが、やがて行商人が買い取って見本市で売りに出すようになった。すでに十六世紀にエルツはその産地として有名だったというから、随分長い伝統を持つわけだ。現在ではおもちゃ見本市といえば400年の歴史を伝えられるニュールンベルクがよく知られているが、少し東方のライプチッヒでも昔から開催されていて、その方に出したらしい。この町は戦前は書籍見本市で有名だったが、現在では自動車ショーの方が知られている。作ったものは今ではドイツのクリスマスに欠かせないピラミッド(地方によっては樅の木か、どちらからしい)の他にチャイコフスキーのバレー音楽の題名で知られる胡桃割り人形とか、背中から出ている紐を引っ張ると手足をじたばたさせるハンペル人形も代表的なものだが、何といっても初期には農業に関係した牛とか馬、豚、樹木や家の人形、あるいは鉱山の作業に関係した人形が多かったようだ。筆者は今「エルツ山地の玩具」という分厚い本を見ながら書いているのだが、その大方三分の二を占める挿し絵を眺めているとやはり時代によって生産品も随分と 変化し、種類が増えているのが判る。そして個人の作業から家内工業へ、工場制工業へと経る過程の中で、例えば初めは長かったらしい胡桃割り人形の脚が 段々と短いものも出現するようになったのは何故だろう、なんぞと考えたりしている。
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