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ドイツ我楽多市
第5回 「ディルンドル - 民族衣装」  文:Prof. ツヴェルク
 
 随分前に - だからドイツの東西統一などはるかな夢だった頃 - 東ベルリンの或る研修医から知人を通じて、日本語を早急に学習したいので和独辞典を送ってもらえまいか、という手紙をもらったことがある。この医師は結核を研究しているのだが、当時、結核の研究は恐らく日本が一番進んでいたので、数人の仲間と日本語の文献を読もうと企画した。しかし残念ながら辞書が足りないので、何冊か送ってもらえると有り難い。そして決してタダでもらう気はない。ただ送金は難しいから、当地のものを何でも希望通り返礼として送りたい、ということであった。そこで筆者は早速数冊を手配して送った。
 しかし「希望通りのもの」には困った。というのが、その数年前に東ドイツへ行った時、書籍は非常に安価なのだが、欲しいものはなかったし、また観光みやげになるようなものは絵葉書ぐらいしか見当たらず、およそ生活の奢侈品(しゃしひん)らしきものは売られていないことを知っていたからである。そこでの希望を抱いて、ひょっとして民族衣装を着た人形があったら頼む、と返事をした。それは筆者がヨーロッパでは、各地の観光記念として、その地の特有の格好をした人形を集めることにしていたからである。オランダでは木靴を履いた娘を、オーストリーでは皮ズボンを履き、鳥の羽をつけた帽子を被った少年をという風に。
 そして確かに人形は送られて来た。しかし民族衣装とは似ても似つかぬ安っぽく、ありふれた服を着た娘の人形だったから、予期していたとはいえ、ガッカリせざるを得なかった。むろんこんな人形でも手に入れるのに随分苦労したのに違いなかったから、筆者の希望は無い物ねだりだった。それでいて、今でも時々考えることがある。あの当時、というより、そもそもあの地方にはどんな民族衣装があったのか。またそんな人形が作られたことがあったのか、と。

 それでは筆者はどのような衣装の人形が欲しかったのかというと、例えば典型的なのがバイエルン地方のディルンドル(Dirndlkleid)を着た女性である。これは実物を一見すれば、写真とか広告等ですでに見たことがあるとお気づきの衣装で、元来アルプス近辺のオーバー・バイエルン地方の民族衣装に過ぎなかったが、何でも今世紀の初頭に都市部でも受け入れられて流行したことがあって、それがきっかけで、現在では中部ヨーロッパのかなりの地域に広まっているらしい。
 ぴったりと身体に密着した胴着が特徴で、これはボタンに紐をかけて開け締めする。そして襞(ひだ)をつけた幅広のスカートと襟刳り(えりぐり)のあいたブラウス、パフスリーブから成り、白または多色の半前掛けを着用する。もちろんヴァラエティーは色々あって、胴着とスカートが一つになったり、長袖でカラフルなウール地を用いる冬用があったりする。あるいはその際華やかな帽子を被ることもあり、特に地方の祭日の時など、例えばビール祭りとして有名なミュンヘンの十月祭の時などには、実に多彩で、多種多様なディルンドルを着た女性たちが町を練り歩き、目を楽しませる。いわば日本の着物に相当するわけだが、それよりも着用の機会が多い印象を与えるのは、着物と違って、やはり洋服の一種として活動的、実際的だからであろう。
 ディルンドルは中部ヨーロッパにも広まっているらしいと述べたが、それは東ドイツの場合もそうなのか、あるいはまた別な様式があるのか、を知りたかったのだが、以来まだ判らないままでいる。チェコの場合は筆者が直接確認出来た。もう数年前にプラハ少年少女合唱団の来日公演があった時である。この合唱団は、更にその数年前にも来日していたから、筆者は2回も行ったことになるのだが、そのどちらの場合も、奇妙なことに、少年は1人か2人と極端に少なかった。ほとんど少女ばかりから構成されていて、全員民族衣装を、つまりディルンドルを着ている。しかもそれが各人少しずつ異なっているのである。クリスマスのテーマを中心にした歌と踊りは素晴らしかった。だから聴衆、というべきか観客、というべきか、とにかく出席者は聴覚的にも視覚的にも大いに楽しんだ音楽会だった。

 ところで筆者がこの衣装を着た人形をバイエルンで購入したのはもちろんだが、当時まだ一才だった娘のために実物のディルンドルも買った。しかし1才用というサイズはなく、一番小さいのが2、3才用 である。その上彼らは当然ベビーでも体格が違っているから、帰国して着せてみたらダブダブだった。しかし面白いことに、この衣装は着物に似て、ある程度伸縮自在の要素があって、満更サマにならないということもなかったと記憶する。その証拠写真も存在する。無論そんなに長く、また頻繁に着たわけでもないから、大して傷んでもいない。もうそろそろ孫娘に着せたいと考えていた矢先に知ったところでは、この衣装にも流行があるらしく、見慣れた目には流行遅れがすぐ認識出来るそうである。そうなると母親の着たアンティークを孫娘に着せるのは可哀そうだなと思って、新しいのを送ってもらおうか、いや、子供向けにそんなに差があるはずはない、と思ったり、悩みの日々が始まった次第である。

ツヴェルク=小人
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