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ドイツ我楽多市
第7回 「ビールジョッキのふた」  文:Prof. ツヴェルク
 
 岡山出身の作家、内田百間は「蓮根は穴のところが一番うま美味い」と言ったとか。そこで同じ調子で「ビールは泡のところが一番うま美味い」と言うと、二番煎じのそし謗りを受けそうである。しかしこれは事実で、単にあざとい言い方をしたというものではない。なぜなら蓮根の場合、穴そのものは空虚で味の有る筈がないので、「穴があるから美味い」と言い換えられるとすると、ビールの場合も「泡があるから美味い」と言えるからである。
 というのが日本では泡が多いと厭がる人が多いが、ドイツでは泡がアローマ香気の発散を防ぐといって喜ぶのが普通なのである。だから生ビールを樽の蛇口からジョッキに注ぐ時、泡が多くなるようにするのが上手な入れ方とされている。その何よりの証拠がバイエルンのジョッキで、取っ手は当然として、ふたも付いている。泡と同じ目的のためである。昔の人が初めてこれを見た時の文を紹介しよう。ミュンヘンを舞台とする森鴎外の小説である。
 「裸なる卓に倚れる客の前に据えたる土やきの盃あり、盃は円筒形にて、燗徳利四つ五つも 併せ
たる大さなるに、弓なりのとりてつけて、かなふた金蓋をちゃうつがい蝶番に作りて覆ひたり。」(うたかたの記)
盃というとちょこ猪口を連想させるから少々違和感を感じるかも知れないが、簡潔に云うべき事は全部描写している文である。これで挿入図のようなジョッキが思い浮かぶのではないか。


 ところでこの「盃」、即ちジョッキ(Bierseidel,-krug)をドイツ土産に進呈された友人が、ビールは注がれたらグイグイと一気に飲んでしまうものだから、蓋なんぞ意味がない。邪魔な装飾に過ぎないではないか。それにジョッキの底に残ったビールなんぞ飲む気がしない、と苦情を云った。この文句、無理からぬところがある。というのが日本ではビールはこの友人のように一気に喉へ流し込むのが美味いとされている。舌でなくて喉で味わうのだという。しかしドイツの或る飲み屋でこんな飲み方をした別な知人が、気がついたら、店中の客たちの一斉に呆れたという凝視に囲まれていて、ギョッとしたそうだ。
 つまりドイツではビールは少しずつ飲む。お茶のように。というとよくお茶代わりに飲むと誤解されるのだが、そうではなくて、お茶のようにすす啜っては暫く置いて、また啜る。余り景気の好い姿ではない。日本でビールは一息に飲むものだという通念は、二つの原因で広まったのではないかと思う。一つはかつて日本的男性の代表とされた俳優の三船敏郎氏が、ビールの広告で「男は黙ってサッポロビール」という文面とともに、ガーッと男らしく飲んで見せていた。早く一度に沢山ビールを飲ませようというビール会社の魂胆だが、これに手もなく引っかかって、この年ビールの売り上げが飛躍的に伸びたそうだ。何しろ敗戦後間もないころのオドオドした日本の男たちは、そのカッコよさに魅せられたのであろう。今一つの原因は、そういう飲み方を当然と思わせる背景が日本の夏である。ドイツでは大陸で空気が乾燥しているから喉が乾いて飲む。喉の部分だけが味わって、乾きが止まればよい。日本は高温多湿だから冷気を身体が求めて飲む。全体だから事は急を要する。
 ゆっくり飲む所では、ビールが暖まりにくいように石か土作りにして、蓋が必要である。このジョッキは細かく見ると、更に上部になるにつれて段々と細くなっている。理由は泡や蓋の場合と同じであろう。もちろんズン胴型もあるが、円錐型の方が多いようだ。このタイプはボン市近郊のライン河沿岸に近い町ジークブルクで16世紀後半に作られたジークブルク風ジョッキ(Siegburger Schnellen)から派生したものだそうだ。元来は木製であったらしい。周辺にぐるりとカラーの浮き彫りの飾りがついていて、その地方の歴史上の著名な人物だとか、名所等が描かれているから、それを肴にして飲むのも楽しかろう。

 とはいえ通常はガラスのグラスが使われる。ただしそういうグラスでも、単純にズン胴ではなく、口が少しすぼんだような形になっていて、酔った目には美人の体型を想わせたりする。むろんアローマの封じ込め、泡の保持を少しでも長く持続するためである。
 ビヤホールでは、日本でもお馴染みの柄のついた半リットルとか1リットル入りのガラス・ジョッキで飲む。ミュンヘンのホーフ・ブロイハウスは元来宮廷御用達の、数階建ての大ビヤホールで、ヒットラーがナチ党の旗揚げをしたとか、色々と話題が多いので、いつでも日本からの観光客で溢れかえっている店だが、ここの名物の一つが、この大ジョッキを山のように胸に抱えてテーブルまで運んで来るウェイトレス、実は巨大なオバサンたちである。再度の引用で恐縮だが、鴎外も店は違うらしいが、作品に登場させている。

 「かく語る処へ、胸当につゞけたる白前掛けたる下女、麦酒の泡だてるを、ゆり越すば かり盛りたる例の大杯を、四つ五つづゝ、とり手を寄せてもろ手に握りもち、「新しき 樽よりとおもひて、遅うなりぬ。許したまへ」とことわりて、・・・」(うたかたの記)ここでは四つ五つとなっているが、実際は通常、優に10個以上はかかえている。どのように持つのか、胸にひしと抱きしめているのは判るのだが、落とさずに配るコツは秘密だとか。信じられない話だが、何でも最大32個まで運べると聞いたことがある。ミュンヘン観光の七不思議の一つである。この巨大なオバサンたちは、前に触れたことのあるオーバーバイエルンの民族衣装であるディルンドルを着ている。上の引用の「白前掛け」というのはその一部である。彼女たちは、一般にウェイトレスは皆そうなのだが、ドイツ語でMadchen(少女)と呼ばれ、注文などで話しかける時は「お嬢さん!」(Fraulein!)と云うことになっている。力持ちだとか巨大だとかには関係ないのである。
 秋の十月祭りという名の、いわゆるビール祭りは、新しいホップで作られたビールを祝して飲む祭りだが、3週間続いて、ミュンヘン中の人が酔っぱらい、都市の機能が麻痺してしまうと言われる。ここで活躍するのが、むろんこのオバサンたちである。
 ...とここまで書いたところで、知合いのドイツ人が来宅したので、この蓋を話題にしたら、あれはトイレなどで席を空けた時に、唾を吐き込まれないためだと珍説を披露した。どうも怪しげだが、真剣な顔で主張するからここに加えておく。
ツヴェルク=小人
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