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ドイツ我楽多市
第8回 「くるみ割り人形1 怖い顔?」  文:Prof. ツヴェルク
 
  クルミ割人形を初めて2才の孫娘に見せた時、怖がってべそをかいていた。実は筆者も、この人形がある薄暗い場所でずらっと並んでいるのを見た時、ギョッとして冷や汗をかいた記憶がある。クルミ割り人形は美しいバレエ音楽のタイトルにもなっていて、日本ではむしろその方が有名なので、我々はついヴェールをかけて見がちなのだが、よく眺めると大きな頭、ギョロリとした丸い目、吊り上った太い眉毛、ピンと跳ねた大きな口ひげ、そして何より巨大な歯をむ剥き出して、それに白いひげが垂れ下がっている。その上大抵、警官などの厳めしい服装で立っている。本当はどう見ても恐ろしい人相なのである。
 それでいながらこの人形は、ドイツでは子供たちに愛されている。日本のダルマもドングリ目の太い眉毛で少々怖い顔だが、丸い故か愛される存在だから、少々似ていると言える。だがクルミ割人形はもっと怖い顔をしていながら、それ以上にクリスマスの気分を盛り上げるのに欠かせない人形なのである。どうしてこんな人形が生まれたのだろう?
  クリスマスツリー、つまりモミの木を飾るのは大体リンゴ、レープクーヘンといわれるケーキ、砂糖をまぶした輪型クッキーと金紙にくるんだクルミ等、らしい。19世紀の短編にこんな描写がある。「部屋の真ん中に立っていた大きなモミの木には、金のリンゴや銀のリンゴが、それはもう沢山ぶらさがっていて、蕾や花のように、枝という枝の間から顔を覗かせているのは、砂糖をたっぷりまぶしてあるアーモンド、様々な色をしたボンボン、そのほかにもまだまだきれいなお菓子が覗いているのでした。」(E.T.A.ホフマン:胡桃割り人形と鼠の王様)この箇所には出てこないが、やはり後から名が挙げられてあって、クリスマスの必需品らしいのがクルミである。こういうお祭りに食べることになっていて、普段からそうやたらに食べるものではなかったらしい。

 このクルミを食べるには固い殻を割らなくてはならないから、二つの木片の端を結合して梃子の作用で割る道具が昔から使われていたということである。これに人の形を装飾としてつけたものをプレゼントとして贈る習慣がすでに16世紀にはあったらしい。後におもちゃ製造の一つの拠点となるアルプスの麓のベルヒテスガーデンに残っている1650年の製品記録に「クルミ噛み人」(Nusbeiser)いう言葉が見出されるそうある。ちなみにドイツ語では、...する器具とか機械の意味で、... 人ということがある。つまり...erという語尾をつけると両方の意味になる。例えばFeuermelderといえば火災を告げる人であり、火災報知器でもある。だからNusbeiserとはクルミを割る器具とも解せる。
 もちろん手や歯で割ることもしばしば行われていた。そんな時には当然、力を籠めるから目をつり上げ、歯をむき出した、もの凄い形相になって、子供たちの笑いの対象になる。これがヒントで、おもちゃ職人がクルミ割器に怒った人を連想しても不思議ではない。怖い顔は一つにはここに起源があるようだ。すでに1735年にチューリンゲンのゾンネベルクで、たくましい身体つきで、大きな頭、背中に可動する2本の腕の梃子があって、上顎に押しつけられるようになっている「クルミ噛み」人形が話題になっているという。ミュンヘン近郊のフライジングでは、1783年のカーニヴァル行列の際、学生たちが30台の橇に特大の「口と腹がくっついている小男の姿をしたクルミ噛み」を載せて行進したとか。
 エルツ山地の製品としては1745年に様々な種類の「ねじ付きクルミ割り」がドレースデンの見本市に出品されている。ただしまだ人間の形を取ってはいなかったようである。人間の形を取るようになったのについては、オーバーアマガウのハンペル人形とかレーン地方の頭がゆらゆら動くコックリ人形などと関係があって、下顎が動く仕掛けのアイデイアはここから得られたらしい。また大きな口を初めとする外形は、黒森地方の時計小僧とか ゾンネベルクの大食い人形などと関係が深いと推測されている。

  更に18世紀の啓蒙期といわれる時代には自動人形、つまりロボットがしばしば人の話題になっているが、これがクルミ割人形の外形にも影響を与えたらしい。先にも引用したE.T.A.ホフマンは有名なロマン派の小説家だが、この作家の別な短編「自動人形」には、実在した自動人形に関する感想が述べられていて、そこに「この姿は. . かつていとこがクリスマスの贈物としてくれた人工の本当に可愛らしいクルミ割人形を生き生きと思い出させたことを白状するよ。」という言葉があることからも推察出来よう。

 だから初期には憤怒の表情の兵士とか下僕、悪意に満ちた魔女風の老婆などが主流で、19世紀に入ると、それと並んで意地悪い目つきの警官とか憲兵、あるいは王様などが加わる。そしてその頃、庶民のからかいや風刺の対象の人物が、大抵は政治家だが、しばしばクルミ割人形に似せて漫画化され、新聞等に載せられるようになる。同様に当時の子供たちの絵本にもクルミ割人形は物語の悪役主人公として数多く登場している。この傾向は現代までも続き、W.ブッシュマンの「クルミ割クンカの物語」(1974)などがある。この物語では主人公クンカはかつては製材所の所有者だったが、職人たちから余りにも過酷に搾取したため、永遠にクルミ割人形となって働く運命に呪われるのである。
 つまりエルツ山地でもチューリンゲンでもクルミ割人形は、兵士とか憲兵、山林監督官、あるいは国王等、怖い顔で威張りくさって庶民を虫けらのように扱う人種に、いわゆるお上の代表人物に仕立て上げられていたのである。だから貧しい玩具職人たちは、自分たちを圧迫する人間たちと、いわば社会的役割交換を行って、クルミを割る労働をやらせたのである。憤怒の表情はそれが大きな原因であろう。クリスマスの飾りにはこのクルミ割人形と並んで、パイプマンが欠かせないが、それは前者の憤怒の表情の対として煙薫のゆったりとした気分を生み出す素朴な存在が必要だからである。この役割分担に彼らの社会的批判が見られるわけである。(続)
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