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ドイツ我楽多市
第9回 「くるみ割り人形2 可愛い顔?」  文:Prof. ツヴェルク
 
  しかしそのうちに、そういう恐いイメージと並んで、文学とか音楽などの芸術の分野で、不格好な外見は仮の姿で、本体は違うのだという見方が出てくるようになる。これは恐らく同じ頃出されたグリムの童話集に登場する。例えば醜い蛙の形をしているが本当は美しい王子なのだという物語などに影響されて居るのだろう。E.T.A.ホフマンの『胡桃割人形と鼠の王様』(1816)では、本当は人形の国の善良な王子様だということが判明するとか、あるいはチャイコフスキーのバレエ音楽『胡桃割人形組曲』(1892)では呪われた王子という役割で登場したり、穏やかな人柄のイメージが段々と形成されてくるのである。
 チャイコフスキーのバレエ音楽は、元来はE.T.A.ホフマンの物語を原作として製作されたのだが、実際にはそれのデュマ・フィスの脚色を使用し、更に振付師や演出家の手による修正が加わっている。ホフマンで重要な役割を演ずる女の子マリーの名がクララに変更されているのを初めとして、様々に異なる点があるが、全体を背後から操っているドロッセル・マイヤー老人の登場とかクルミ割人形と鼠の王様との決闘、そしてクルミ割人形の勝利という基本的な枠組みに変わりはない。ただバレエだから、後半部がお菓子の国のエキゾチックな色彩を帯びた種々の踊りから成る点が原作との大きな相違であろう。

 絵本「もじゃもじゃ頭のペーター」で人気のあったフランクフルトの医師でありながら、作家でもあったもう一人のホフマン、即ちハインリッヒ・ホフマンは、1851年に韻文の物語「クルミ割王と哀れなラインホルト」で慈悲深い王様を主人公として1893年までに20版を重ねる好評を博した。ただし初版は不敬罪の疑いを着せられて大部分押収され、余り残っていないそうである。当時ドイツはまだ幾つかの王国、公国に分かれていて、統一したドイツという国はなく、その内の一つの国の王様を侮辱したという罪である。
 その他にもクルミ割人形のイメージを変える影響のあった文学的作品は少なくないが、中でもクルト・E.ファイントアイゼン(1883-1963)の『黄金のクリスマスの本』の詩句は非常に有名になっているて、鼻歌で口ずさむ人も少なくないそうである。
俺はもう沢山の胡桃をぱっくり喰わえて、
カチン・パチンと真ん中から割ってきた。
俺を作り出した玩具職人が、パチンと割ることを
俺サマの天職としたのさ。(クルミ割人形)
 しかしクルミ割人形を一番美しく描きだしたのは、やはりE.T.A.ホフマンであろう。「.....そのお人形は自分の出番が回ってくるまで静かに待っていました、とでもいわんばかりに、おとなしく控えめにそこに立っていたわけです。このお人形の姿形は、けちをつけようとすれば、もちろんいくらでも文句をつけられたことでしょう。足はみじかくて細く、胴体は少し長めで、がっちりし過ぎていて、それと足とがどうも似つかわしくないのですが、それはそれとしても頭が余りにも大き過ぎるように見えました。でも趣味のよい教養もある男を思わせるきちんとした服装がそういう欠点を帳消しにしていました。つまり....」

 このような解釈の変化が外形に影響を及ぼすこととなって、プロイセンの兵士のとんがりヘルメットが王冠に変えられ、鉄砲が王笏(しゃく)となる。W.F.フュヒトナーはもう世界的に有名になっていた従来のたタイプのクルミ割人形の王様に1870年頃、好ましい外装を帯びさせることにした。王といえども労働中には被っている鉱夫の大きな黒い坑内帽に金色のギザギザを入れて、王冠に見えるよう描いたのである。
 このように辿ってくると、ドイツの子供たちには、クルミ割人形は本来の優しい姿を隠した仮の姿と見え、可愛くも見えるのかも知れないし、また実際初期のものに較べれば、かなり表情が穏やかになってもいるのだが、やはり本来の役割上、歯をむき出した形相は隠せないから、何も知らない日本の子供には可愛いとは見えないのであろうか。
 クルミ割人形はザイフェンでは1960 年頃から最も需要度の高い製品となっている。幾つかの工房の中で、フュヒトナーの工房は代々厳格に伝統 を守って製作し、古いタイプが今なお保持されていることで知られている。前に挙げたことのあるニュールンベルクのゲルマニア博物館には古いクルミ割人形が展示されていて、その中にフュヒトナーの初期の人形である警察官が残されているが、これは脚の非常に長いのが特徴である。先に挙げたハインリッヒ・ホフマンのラインホルト物語に登場する人形もあるが、これはそれほど長い脚ではなく、また団子鼻の王様として作られているところが興味深い。工房によって身長にも差があり、胴が大きくて、短足も珍しくはないが、エルツ山地の製品は平均的な高さが35センチだとか。
近年、趣味で製作する人口が増えて、かなり上等なものも作られているそうだが、エルツ山地の製品は、材料が良質の樹木であること、技術的に完成度の高いものであるという点で共通している。そして、驚いたことに、130もの作業工程があるそうだ。見かけよりも沢山の材木を消費する「材木喰い」で、大体トウヒかブナを用いる。その他材料として羊毛、毛皮、豚や猪の剛毛、針金、ブリキ、紙、布地等である。
日本にもコケシの伝統があるし、チャイコフスキーの音楽は有名すぎるくらい普及しているにもかかわらず、クルミ割人形があまり好まれることもないのは、その姿、形の故なのか、それともそもそもクルミを割って食べる習慣がないからなのか。もっともこの歯では胡桃は割れる筈もないが、、などと、じっと眺めているとそんなことを考えさせる姿形である。
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