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ドイツ我楽多市
第10回 「ピラミッド」  文:Prof. ツヴェルク
 
 ピラミッド(Pyramide)というと、ほとんどの人がエジプトを思い浮かべそうだが、ここでの話はクリスマス・ピラミッドである。クリスマスにはキラキラと輝く装飾品をぶら下げ蝋燭(ろうそく)の火のきらめくもみ樅の木、というイメージが非常に強いのだが、ドイツではこのピラミッドを、あるいは樅の木と両方を立てる家庭も少なくない。挿入絵図のように3層とか4層の、上に行くほど細くなって行く塔の形をしていて、天頂に数枚の羽根状のプロペラがついている。一番下の台に蝋燭が何本か立てられて、その火の熱気で羽根が廻り、真中の軸に連動して各階が廻るという仕掛けである。高さは色々だが、室内のものでは通常は40センチか50センチ。各階に載ってぐるぐる回る人形群も多種多様で、我が家のは羊飼いの家族とか東方の3博士らしき外観の人物が顔を覗かせている。歴史上有名な将軍たちだとか軍楽隊の兵士たちが一斉にラッパを吹いている光景を見たこともある。

←ピラミーデ

 古そうな名前がついてはいても、勿論エジプトのそれよりもはるかに新しく、1800年頃ベルリンの古典嗜好の人たちによってそう呼ばれ始めたといわれる。ただし現物はそのかなり前から存在していた。原型はまだ回転式でなく、4本の支柱の先を束ねて4角錘の形にした木材の台架で、これに短い横木を数本、段状につけて蝋燭を立てたり装飾品を置いたりする、各支柱は色紙や緑の枝を巻きつけてあった。それが長い間普通の市民や農民のクリスマスを祝う唯一の飾りだった。樅の木を明かりで飾るようになったのはこれに影響されたのだそうである。元来は天井からぶら下げる積もりで作られたので、シャンデリアに似た要素があるのだとか。

 樅の木を飾るのは、本来ドイツに発して今では世界中に広まった習俗だが、大昔からクリスマスはそのように祝って来たと思っている人が多い。しかしそれが案外新しくて、17世紀にはまだほとんど知られていなかったそうである。当時は中世以来、いわゆるクリッペ(Krippe.キリスト降誕の厩(うまや)の情景を木彫や粘土で模したもの)が中心で、これが時と共に高価な工芸品に発展して、その名残は今でも教会などで沢山見られる。樅の木は17世紀にはまだアルザス地方(現在はフランス)だけの風習に過ぎなかったのが、18世紀中にゆっくりとクリッペにとって代り始め、民俗学の文献によると、1815年の対ナポレオン解放戦争以後には本格的に全ドイツの風習となったというから、19世紀以来と考えてよかろう。実はこの風習は聖職者たちが異教の慣習であるとして、長い間拒絶し続けて来たそうだから、家庭から教会へという道を辿ったことになる。

↑古い形のピラミーデ

 さてピラミッドは丁度この樅と同じ頃、それとは逆に教会のクリスマスを飾る燭台(しょくだい)への模倣から始まって、家庭へという方向を辿った。先に説明したような原型となった四角錐の台架が、クリスマスに町の広場とか市役所の前に立てられ、やがてその小型化したものが植木鉢などに載せられて、家庭内に入って行ったらしい。今ではピラミッドというと、典型的なエルツ山地の製品と考えられているが、そうなったのは、上のような動かないピラミッドを1800年頃に、現在のような回転式にしたのがエルツ山地の職人たちだったからである。その際、ザイフェン等の錫抗で1500年頃から使用されていた巻き上げ装置(Gopelwerk)がヒントになったと言われている。この装置は馬の牽引力を利用して作動させるものだが、その代りにプロペラを蝋燭の熱気で回す仕掛けが発明されたわけである。無論その装置だけではなくて、すでに18世紀に音楽とともに回転する鉱山をモチーフとするオルゴールが出来ていたというから、形の上でその影響もあったらしい。

↑クリッペ

 エルツ山地ではまだ20世紀の始め頃にもこの両方の形が共存していた。しかし回転式はその間どんどん発展していた。すでに1809年にC.ヴィルトという職人が5階層のピラミッドを作り上げ、各階で鉱山作業所とか鉄ハンマー、揚水装置等が稼動する様子が見えるようにしたという。しかし一般にはエルツ山地のよく知られた住民の人物像が、樵(きこり)だとか茸(きのこ)集め、辻音楽師、猟師などか、あるいは厩のような聖書の登場人物がぐるぐる回っていた。原型が出来上がってから200年以上経つから、その間に当然色々な変化があって、蝋燭に代って電球になったり、モーターで回転させたり、あるいは各階への飾りが無闇に増えて、ゴチック風塔付きピラミッドが出来たりしたが、大抵の職人たちは結局また元の素朴な形に戻って、ほぼ現在の形に満足しているらしい。ただ活躍する人形たちは、初期の鉱山の関係者たちからはすっかり離れてしまった。

 戸外のピラミッドも依然として健在で、見本(メッセ)市の立つ広場とか学校の校庭、市役所の前など公共の場所に立てられている。形は様々で、円錐型、角錐型、螺旋型等色々あり、高さも様々で、数メートルのものから10メートルというものもある。野外に置かれるから防風水加工をしてあり、電気動力で回転させ、照明によって祝祭の意味を新しく考えさせる意図があるとか。所によってかなり偏りはあるものの、1979年の記録では全国に約70台あることがわかっている。その中ではやはりエルツ山地が一番多くて、ザイフェンには5台あるとか。大きさではこの山地からからさほど遠くないケムニッツのものが一番高くて、12,8メートルあるそうである。
 我が家のピラミッドは、日本の家庭ではクリスマスを祝う風習のないのを寂しがった知人のドイツ
婦人が、唯一このピラミッドで故郷の祝祭気分を偲(しの)んでいたもので、帰国に際してプレゼントされたものである。この人たちにとってクリスマスは子供時代の想い出の詰まった、たまらなく貴重な時間らしい。蝋燭の火とクルクル回る台をじっと見つめていると、何となくその気持ちが伝わって来るような気がする。
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