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ドイツ我楽多市
第15回 「錫(すず)の細工」  文:Prof. ツヴェルク
 
 子供の頃、アンデルセンの「錫(すず)の兵隊」の主人公が錫製なのが何故かピンと来ず、面白い物語とも思えなかった記憶が漠然と残っている。今考えてみると木であれば勿論、少なくとも鉄か銅ならば子供の世界にもなじみの金属で抵抗感もなかったのだろうが、錫は想像出来ずに、こだわったのだろう。すでに戦時に入って、ブリキの玩具すら手に入れ難かった頃だった。潜在していたこの経験がドイツで、パンジオーン(pension)といわれる安宿に泊まった翌朝、パンの載せられた深皿が直径20センチ位の錫製なのに気づいた時、不意に脳裏に蘇ってきた。珍しいな、と思いながら眺めているうちに、錫はヨーロッパでは日常品とか玩具の材料としてありふれたものだったのだ、と思い当ったのである。そして昔ドイツの知人に錫製のスプーンをプレゼントされたことまでも思い出した。
現代では別な材料で作られているが、18世紀前半までは錫製だったものが身の回りに結構沢山あったらしい。錫の皿が筆者の泊まった安宿でまだ使用されていたのは、陶器と違って割れないからであろう。ひょっとして親から引き継いでいたのかも知れない。錬金術師ベトガーの開発によって、ザクセンの有名な王室磁器工場、つまりマイセン焼きが発足したのは1710年だが、その後の数十年のうちに次第に他所でも美しい陶器が焼かれ始め、特に食器の分野で錫を駆逐して行った。その結果エルツ山地のザイフェン錫鉱等が衰退することとなったのだが、それでも錫はなお玩具の世界でかなりの間、活躍の場を見出していたのである。この時代元々金属加工の盛んだったニュールンベルクやそれと隣接する町フュルトが今度は玩具で名を売って、その後19世紀の半ば頃からブリキの時代となり、第二次大戦後の合成樹脂の時代まで続く。アンデルセンの兵隊のように、主として高さ3センチ程度の色々な職業や風景、日常生活の様々な場面を表す人形が占めるこの錫の玩具は、今でも僅かながら生産されていて、しかも日本にも輸入されているらしく、最近、倉敷のある店で見たことがある。
ただ筆者は子供時代にこの錫の玩具の時代を経験していない。そもそも日本ではこの時期がなくて、木製からいきなりブリキの時代に入ったのではないかと思う。19世紀の日本の開国の時点ではもうその時期に来ていたのである。恐らくそれで人形が錫製であることが子供心にしっくりこなかったのであろう。そのうちに細かく調べてみたい。

 当時の錫製品は今では土産物屋で売られている。そこで壁掛け仕様の錫皿を幾枚か買って帰った。そして実は最近そのサソリの浮き彫りの入った一枚を娘に何かの礼として進呈しようとしたら、拒絶された。陶器に較べるとかなり重いし、何より見かけが黒っぽくてあまり美的とは言えないかららしい。これでは駆逐されるのは当然かも知れない。
他の錫製品としてはビールジョッキは知らないが、ワインの高脚杯は珍しくない。また冷たいビールをいきなり飲むと胃によくないから、あらかじめ胃を暖めておくためと称して飲むシュナップス(焼酎)用の小さいグラスにも錫製のものがある。どちらも今は合金で表面もきれいに作られているし、手に持つと、どっしりとした量感があり、筆者はガラスのグラスより好きである。回りにぐるりとワインに捧げる頌歌(しょうか)が彫り込んであったり、中世の叙事詩「ニーベルンゲンの歌」の一場面が浮き彫りになっていたりする。今筆者の手許にある錫のワイン杯には、中世の遍歴学生らしい男が娘に杯を差し出して、 学問が、喉の渇きはどうすれば鎮まるか、教えてくれる
 ワインの中には真理が、ビールの中にはちからが、
 そして水の中にはバクテリアがいる。
と怪しげな学説で口説いている。ちなみに二行目はドイツ人が好んで口にする文句である。

←錫の皿


「ニーベルンゲンの歌」はゲルマン伝説の英雄ジークフリートを歌った、ワーグナーの有名なオペラの題材にもなった叙事詩で、龍を退治して不死身になる場面とか、ライン河の小人族から宝物を受け取る場面などを描く。
純粋に壁掛け用の装飾品の中に、筆者の一番のお気に入り
である錫の窓絵細工(Zinnfensterbild)がある。これは大体、縦11~12センチ、横8~9センチ前後の長方形の枠とか、あるいは丸い枠とか幾つかヴァラエティーがあるが、額縁と中の絵画が錫から出来ていて、それが窓枠を通して中の人を見るという感じにもなっているので、そう呼ばれるらしい。この絵画に当たる、そこだけ着色してある浮き彫り風の図柄が面白い。ニュールンベルクの知人がつい最近送って来てくれたものは、中が4つに仕切ってあって、左上には畠で種を蒔いているらしい農夫を、右上にはどうやら収穫の麦らしき穀物の束を頭上に掲げている主婦、左下には凧揚げをしている若者、右下にはクリスマスツリーらしく見える樹のそばで母親とダンスをしている幼い少女等を描いている。それぞれ四季のしきたりを表しているようである。

※上図左:ニーベルンゲンの龍退治/右:遍歴学生

 我が家の壁にかけてある一枚は、お屋敷か料理屋のキッチンで、かご竈を真中に挟んでコックが鍋の中をかき混ぜ、反対側で料理女が大きな深鍋を抱えている。買ったのが随分以前なのでもうはっきりしないが、確かこれは数枚のシリーズになっていて、その内の何枚かを知人に土産として進呈したと思う。その他数枚壁に掛かっているのは花模様である。といっても花を組み合わせて奇妙な図柄を作り出していると言った方が正しいであろう。
実はこの錫細工、筆者は窓絵と訳し、ずっと壁掛けと言って来たが、原語にある窓(Fenster)という単語は、窓に懸けるの意味の可能性もある。ただ時たまテレビなどに登場するドイツの家庭の風景に、壁に懸かっているのを見るから、その方が多いのであろう。

←錫の窓絵
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