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ドイツ我楽多市
第16回 「庭小びととグリムのメルヘン」  文:Prof. ツヴェルク
 
 ドイツ人は散歩が好きである。ドイツの都会の近郊にはほとんど必ず森があって、市民に憩いの場を提供しているのだが、ここに日曜日などに自動車で乗り着ける。降りてドアを閉めると、やおらスタコラと歩き出す。その速いこと、散歩というより、行軍といった方が適切かも知れない。うっかりそんな時間に誰かを訪問すると、この散歩に招待されると言うべきか、ともかくこちらまで交き会わされる。そんなわけで、春先、知人の家族に同行して森の中の一軒家の庭のほとりを歩いている時、子供たちが庭の畠の中に置かれている20センチぐらいのカラフルな人形に気づいて叫び声を挙げた。庭小びと(Gartenzwerg)にこの時初めてお目にかかったのである。ちょうどグリムのメルヘン「白雪姫と七人の小びと」に出て来る小びとのような格好をしている。頭が大きくて、先の尖った三角帽を被り、長い白ひげを生やしているから老人であろう。今では大抵プラスティック製だが、昔は陶器だったと聞いている。家庭菜園用の道具類を売っている店に並んでいたので、筆者も一体買ってきた。岩らしきものに座って、アコーデオンを弾いている姿だが、我が家の庭は猫の額だし、外で雨風に曝すのも可哀そうな気がして、玄関を飾らせている。実は告白すると、筆者のペンネームはこれに由来する。

画像:我が家の庭小びと


  何故この人形を庭に置くのかと尋ねて知ったところでは、この小びとは、ドイツの古来の言い伝えによると、元来、土中とか森や山、洞穴、あるいは人間の家に住み着いている妖精らしい。「白雪姫」では、これが七人登場して、「山で鉱山を切り出したり、掘ったりしている」ことになっているだけだが、小びとが登場する他の話しでは、一般に何事も器用にやってのけ、農作業や家事も手伝ってくれるけれども、人間に侮辱されると姿を消したり、復讐をするということになっている。ドイツには他にも、ちょうど日本の座敷わらしに似て家に住み着くコーボルトという妖精がいるので、これとどのように役割分担しているのかよく判らないが、庭に置かれるようになったのは、このような伝説に基づいて、1880年頃にチューリンゲンに始まった風習だという。チューリンゲンというのは、統一後のドイツの丁度真ん中あたりに位置する森林地方といったらよいだろう。
 つまり庭小びとは、前に紹介したエルツ山地と並ぶ、ドイツのもう一つの大きなおもちゃの生産地で誕生した土の妖精というわけである。畠のものが無事に育つのを護って欲しいという人間の願いを込めて、畠や庭に置くのであろう。ちなみに日本では昔、女の子が生まれると、嫁に行く時に箪笥がそれで作れるように、無事にそれまで健康であるように、との祈りを込めて桐の木を庭に植えたそうだが、ドイツでは男の子が生まれるとリンゴの木を、女の子だと梨の木を植えるところがあるらしい。それと関係があるのかどうか知らないが、町中でもリンゴの木が非常によく目につくのは、そういう願いの表れであろうか。
 ところで先ほど、グリムのメルヘンに登場するような、と述べた。グリムのメルヘンには小びとの出てくる話しは少なくないのだが、実は不思議なことにその姿については何も描かれてはいないのである。「白雪姫」でも「...暗くなると、この小屋の住人たちが帰ってきました。それは山で鉱石をきり出したり掘ったりしている七人の小人たちでした。みんな七つの小さい灯をめいめいとぼしました。... 」とさらりと書かれているのにすぎない。この場合、小びと、と訳している言葉はZwerg であるから 、庭小びとと同じ言葉だが、他の物語、例えば「森の3人のこびと」ではMannlein (小男、可愛らしい男)という言葉が使われていて、違うようにも見える。しかしやはり「白雪姫」の場合と同じように不思議な力を持っていることに全く変わりはなくて、何の説明もない点も同様である。その他の話しでも外形、服装については何にも説明はない。
 ただ僅かに「小びとの贈り物」の中に「...おどりの輪の真ん中に、爺さんが一人、がんばってました。爺さんは、からだもほかのものたちよりいくらか大きく、派手な色の上着を着て、氷のように白いひげが胸にたれさがっています。」という説明があるのが目に付く。しかし三角帽を被っているという描写はない。とするとグリムのメルヘンに出てくる小びとのイメージを筆者はどこから得たのか?
 そう考えると、どうも理屈っぽくなって恐縮なのだが、本当は「グリムのメルヘンに出てくるような」という言い方は不正確で、「グリムのメルヘンの挿し絵にあるような」、というのが正しいのであろう。そして恐らく筆者の持つ、グリムの小びとについてのイメージは、子供向けの絵本から得られたのに違いない。ではその絵本の著者たちの、特に日本の挿し絵描きたちのイメージはどこから得られたのか。グリムのメルヘンの原本の挿し絵からだろうか。筆者はグリムの研究家ではないので、間違いないという自信はないのだが、グリム童話集の初版本には挿し絵はなかったようである。そして挿し絵がついたのは、1823年にイギリスで出された英訳本が初めてで、クルックシャンクという漫画家の手になるものだという。この挿し絵はグリム兄弟にも非常に気に入っていたのだそうである。

 しかしまだ疑問は残る。仮にこの人の挿し絵を元に日本の絵本が描かれたのだとすると、ではこのクルックシャンクはどこからそのイメージを得たのか?実は筆者の持っている「グリムのメールヘン」ドイツ語版は今世紀の初めに出たもので、M.v.シュヴィント(1804~1871)というミュンヘンで19世紀には有名だった絵描きの挿し絵が入っているのだが、その「命の水」という小びとの出てくるメルヘンの挿し絵では、小びとはなるほど三角頭巾は被っているのだが、マントのようなものを羽織っているだけで、ズボンは履いていない。
 ひょっとするとこの小びとのイメージはイギリス生まれなのではないか。グリムと無関係にイングランドに大昔から存在する小びとのイメージをクルックシャンクは、意識的あるいは無意識に利用したのではないか。それが日本に輸入されて固定しているのではないのか。今のところ筆者の推測はそこまでしか辿り着いていない。

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