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ドイツ我楽多市
第20回 鐘の音 ― ヨーロッパの音  文:Prof. ツヴェルク
 
 ヨーロッパに旅して鐘の音を聞くと、ああやっと来たなと懐かしいような想いで、今その地にいることを実感する人は少くないらしい。ドイツでも都会では余り耳につかないが、田舎に行くと朝夕に教会の鐘が響いている。スイスの田舎の知人宅に泊まった時、教会のすぐそばだったから、早朝に突如耳をつんざく鐘の音で慌てて飛び起きたことがある。頭の上でフライパンを叩いたような、すさまじい音がした。夕暮など遠くから響いて来る音は何となく優雅な感じだったが、近くではこんな凄い音とは知らなかった。
日本の寺のゴーンという間延びした音とは明らかに違うし、またいわゆる半鐘の澄んだカンカンという音とも違う。重いガランゴロンなのである。これは鐘の構造が日本の梵鐘(ぼんしょう)とは異なって、中に舌がぶら下がり、ゆす揺られるとそれが鐘壁に当って鳴る仕掛けであるからなのは言うまでもない。特にお祭りの時など普段とは違う時間に鳴らすことがあって、そんな時には何かせわしなく迫(せ)かされているような気分になり、教会に行ってみたくなる。森鴎外も印象深かったと見えて、「ドイツ日記」に何度かその記述が見出される。

   明治十七年十月二十四日「朝起き出つるは、ヨハンネス寺Johannes Kirche鐘七点を
              報ずる頃にして、.......」
  明治十七年十月二十六日「けふは日曜日なり。礼拝堂の鐘の声、ひねもす耳に喧し。」
やはり迫き立てられるような気になったらしい。これが宗教心に満たされている人には神聖に響くようである。有名なゲーテの「ファウスト」の初めの方に、人生に絶望したファウストが毒杯を仰ごうとした瞬間に教会の鐘の音が聞こえてくる場面がある。
 「や。己の口から杯を強いて放させたあの声は、.........
 それにあの鈍い鐘の音は、
 もう復活祭の始まる時刻を知らせるのか。............」(鴎外訳)
そこで彼が町に出てみる気になったところで、このドラマの本筋が始まる。日本の寺の鐘の音には、「祇園精舎の鐘の声、......」の文句が頭に染み込んでいるためか、無常の響きを感じるという話をよく耳にするが、あちらの人には、教会の鐘の音は生きる力強さを与えてくれるのか。しかしまたヴェルレーヌの、これもよく知られた「秋の日のヴィオロンの......」で始まる詩では「鐘の音に胸ふたぎ、.....過ぎし日のおもひでや」と逆にうらぶれた気分に落ち込むし、ボードレールの「破鐘(やれがね)」も闇夜の寺の鐘を聞くと、「....過ぎし日のそこはかとなき物思ひをやら浮びぬ」(海潮音)と過去に想いが向かう。鐘の音は生の初めから終りまで彼らの人生に密着して、その響きには深い含蓄が籠(こも)っているようである。

 鐘というとその大きさで、ケルンのドームを思い出す。鐘楼は何となく、ずんぐりしたロマネスク教会よりも、先のとんがった高い鐘塔のゴチック教会の方がよく似合うような気がするのは、筆者の偏見か。この様式の教会はドイツにもフランスにも少くないが、その中でもケルンのドームは一二を争う巨大さで観光名所の一つである。当然その鐘楼には、それ相応の鐘が鎮座する。高い塔の途中までエレベーターで登り、そこから先は鉄梯子を歩いてよじ登る。そのちょっと手前に「鐘の椅子」、つまり鐘の設置場所がある。そこで初めて鐘を近くに眺めたのだが、日本の寺の鐘ほど大きくはないと見た。ただ数が多くて、幾つかカリヨン式にぶら下がっている。大きくなくても、これらが一度に揺すられたら、遠くからはロマンチックな響きの、あのすさまじい和音になって町中に鳴り渡るわけだ。
案内書によると、9箇の鐘のぶら下がる、この教会の塔の高さは157メートルで、エッフェル塔の完成までずっと世界最高を誇っていた。この地にはすでに一世紀にその前身の教会があったらしいが、何度かの破壊やら建て直しの後、現在のドームの礎石が築かれたのが1248年で、大体現在の形になったのが1880年だというから、完成までに600年以上かかっていることになる。この発想の息の長さ、いわゆるドイツ的徹底性の実例としてよく引用される所以である。

 そこで9箇の鐘にも当然寿命の変遷がある。鐘の椅子の俯瞰図(ふかんず)を見て頂くと、1の鐘が一番大きいが、また一番新しく1923年に鋳造されたもので、「ペテロの鐘」、あるいは「ライン河畔のドイツの鐘」という。その前身が「皇帝鐘」で、第一次大戦後に取り換えられたのだとか。その他の鐘にもそれぞれ名前がついているが、そのうち8が14世紀に作られ、2と3が15世紀である。特に2は当時ヨーロッパで最大の鐘だったから、1908年までこれを鳴らすのに12人の男が必要だったとか。現在は電気の仕掛けである。3は高い美しい音を出すので知られる。全部一度に鳴らすことはそんなになくて、例えば時を告げるのは、8の時計鐘である。
 ところで日本では大晦日の深夜は通例108つの鐘のね音に厳粛に耳を傾けながら過ごす。ドイツでも例えばバイエルンでは、教会の鐘は12回鳴るが、通常爆竹を鳴らしたり、賑やかに過ごして、厳粛さはない。日本の大晦日に当たるのはむしろクリスマスの夜である。この夜ご馳走を食べ、クリスマスのプレゼント交換の後、人々はいつもより少々遅く床に就く。町も村もこの夜だけは異様なほど静かになる。きよ聖しこの夜である。しんしんと雪が降ることもある。深夜が近づく。そこへ突如諸方の教会の鐘が合わせたように鳴り出す。そして町や村を空からすっぽり包んでしまう。高低強弱、様々な音色音量の鐘の音がほがらかに、力強く鳴り響く。すると人々は暖かくみごしら身拵えをして、凍てついた雪や霜の道を踏みしめて深夜ミサに出かけて行く。これぞヨーロッパの音が鳴ったのである。
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