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ドイツ我楽多市
第23回 天使のキャンドル人形  文:Prof. ツヴェルク
 
ドイツ人には薄明かりを好む人が多い。かつてドイツの学生寮にいた時、学生たちが夕方になって、我々が当然灯りをつけるような薄闇の中で、そのまま勉学を続ける光景にしばしば驚かされたものだ。シャンデリアの一点の翳(かげ)りもない輝きよりも、ローソクのほの暗さの方が好まれる。ドイツの子供向けの本なんぞに書斎の絵があるのを見ると、机の上にローソク立てが置かれている。これが普通なのである。ゆらめく不透明さの中に神秘を感じるのかも知れない。そして光は東方よりという言葉などにも表れているように、闇にちらつく光は救いの印だから、これは助ける人、即ち天使が持つものとなるのは当然の脈絡である。そこからクリスマスと結びついて、天使のキャンドル人形は、モノの本によると、胡桃割り人形、パイプマンと並んで「エールツ山地の3シンボル」、ザイフェンの代表的玩具の一つとなっている。
しかもこの天使が独りでは登場しないところにも独自性がある。やはりローソクを両手に支えている鉱夫とぺアーになっているのである。これは鉱山町として発展したザイフェンを考えれば、暗い坑道の中では、ローソクやランプの光が唯一の生命を支える力、時には救いの印となったであろうことと関連するとは、容易に想像がつく。この天使はまた鉱脈も教えてくれるのだそうだ。

 とはいっても、ザイフェン地区でも1830年以前には、この天使のキャンドル人形はまだなかったとか。昨年暮の本紙で、ニュールンベルクの両腕のない金箔天使を紹介したが、色々な地方でそのかなり以前から、羽根のついた小型の金箔の天使像をもみ樅の木の飾りにしたり、クリスマスプレゼントに添えたりする風習があったらしい。むろんまだローソク台はついていない。それがすでに1860年頃にはローソク台を両手に捧げ持ち、きちんと均整の取れた、宗教的な雰囲気を帯びた威厳のある天使像に変貌していたというから、その間、ザイフェンに考え出した玩具職人がいたことになる。そしてまたたく間に人気を得た次第。その職人たちの名もほぼ判っているらしい。
この天使人形の基盤が、これも以前にちょっと触れたことのあるドッケである。これはザイフェンで木製玩具が作られ始めた頃の女性像で、ドッケ(Docke)即ち本来は洗濯物のしわ伸ばしに用いるローラーが、人の身体つきに似ていることに由来する名称だとか。図のように腰が細くくびれて、釣り鐘スカートを履き、胸はツンと前に突きだして、飾り帽子を被っている。これは当時、つまり18世紀末から19世紀初めの頃に流行の女性のスタイルであるが、腕が動いて子供を抱く形にも出来るようになっている。敬虔(けいけん)な職人がこれにローソクを持たせようとして考えついたのが天使像の発想の原点らしい。
まず腕が可動であったのを固定させてローソクを差し込む台を持たせる形にし、前掛けをつけて、襟ぐりが一方の肩から他方の肩へ亘るほど大きく切れ込んだ服を着せた。前掛けには可愛らしい花柄を散らしてあることが多い。これはドッケが初めて出来た頃よりやや時代が進んで、19世紀半ばのいわゆるビーダーマイヤー期の典型的なスタイルである。ビーダーマイヤー期というのは、簡単にいえば、市民文化や芸術が静穏で平和な生活という非政治的な理想を抱いた一時期を指す。

画像:ドッケ(Docke)

 次に天使らしく両羽根をつけた。しかしこれは必ずしも、なくてはならないものではなかったらしい。というのが天使に翼が付いているという記述は、聖書のどこにもないのだから。空から舞い降りてくるのだから翼がないとおかしいという後世の美術家たちの創作らしい。ただすでに中世末期の絵画で天使は羽根をつけているから、これはもう通念といってよかろう。しかもこの人形の場合、羽根はそればかりでなく、ローソクの光を反射させる役割も持っているのだそうである。実際にその効果があるのかどうかは疑問だが。
 初めて作られてからもう150年近く経っているから、その間、当然、僅(わず)かづつながら変化してきている。それでいて天使も鉱夫も作られた当時のビーダーマイヤーのスタイルを崩してはいないのだとか。だから変化は付け足しの部分を主とする。ローソクを持つ腕を支える横棒をつけたものとか、中には片方の腕にピラミッドを載せるものまで現れた。

画像:ペアーのキャンドル人形

 天使と鉱夫がペアーになったのは、かなり初期であったのは間違いがない。鉱夫人形は、当時ザイフェンの人間にとっては最も馴染みの存在で、色々な姿をして、あるいは閲兵式風に集団で登場するなどしたが、一般には余り普及せず、好まれもしなかったらしい。それが天使とペアーになって初めて人気が出てきたという。ただ鉱夫のシンボルであるハンマーやアイゼンは、従来は誇らしげに手にしていたのが、ローソクを持たなくてはならないところから放棄せざるを得ず、僅かに鉱夫帽にマークとして印されることになった。この両者が交差した形をしている。しかし外観や服装はかなりおしゃれである。つまり白いひだ襟、緑の坑内帽、頑丈な腰バンド、瀟洒(しょうしゃ)な短靴等々、これはただの鉱夫ではなく、坑内監督官の服装だとか。天使とペアーになるにはピンと張ったカイゼル髭だけでは充分でなく、スマートさが要求されたのであろう。そしていつの間にかこのペアーは夫婦の姿というイメージで迎えられるようになったとか。
 ちなみに、筆者が初めてこの人形を知った時、余り実用的には見えなかったので、ローソク立てはその頃訪れたイタリアのフィレンツェのある店で、カラー大理石を土台にした(と思しき)枝つきのものを買った。この町で夥(おびただ)しい大理石の美術品を見て触発されたのである。ところがそれから他の店に入ると同じ品物を店員が「メノー、メノー」という。これが妻には瑪瑙(めのう)と聞こえ、筆者にはイタリア語の「Meno(他より安い)」と聞こえた。どちらの耳が正しかったのか?真相の究明は困難ではないが、その後枝の一本が折れてその気を失ってしまい、未だ闇の中である。天使を求めなかったバチが当ったのか?

画像:我が家のローソク立て
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